CVMによる地球温暖化の経済評価と回答者の努力:

回答の帰結と互恵行動の効果


2006年1月 東京工業大学社会工学専攻肥田野研究室

1.本研究で調べた内容

 環境政策の価値を測る手法として、CVM(Contingent valuation method:仮想市場法、仮想評価法)への期待が高まっている。この手法では、一般の人々へのアンケート調査(郵送調査や面接調査)をもとに、環境の変化に対応するWTP (Willingness to pay:支払意思額)やWTA(Willingness to accept compensation:受け入れ補償額)を聞き出すことを目標とする。これらの額がわかれば、環境の経済評価ができる。

 本研究では、日本政府による地球温暖化対策についての実験的なCVM調査において、回答者がかける努力の程度に注目した。その結果、回答結果の政策への影響のしかたに応じて努力の程度が変わることがわかった。また、調査参加に対して支払う謝金額を増すと、努力の程度が増すこともわかった。  このようなことを調べた理由であるが、第一に、CVMの回答の動機に興味があった。特に、回答者が自分の回答の帰結を考えて答えているか調べることが目的であった。第二に、地球温暖化のように複雑な環境問題について評価をする場合、回答者によく考えて努力して答えてもらうことが大事である。その場の思いつきで答えてもらうだけでは、政策の評価として心許ない。そこで、回答者に与える贈り物(謝金額や有益な情報)の程度により、努力の程度が変わるか調べた。

 さて、上に述べた研究結果は、一見、当たり前にみえる。そこで、研究上の意義および研究方法、また結果について以下にやや詳しく述べたい。

2.CVMと回答者の努力

 まず、回答結果の帰結という点について考えたい。通常、経済学的な観点から人の行動を考える場合、その行動の結果によって当人に利益や不利益が生じることが前提となる。環境の変化について経済評価を行う場合には、そのような帰結があるとの前提のもとで、いかにうそをつかせずに真のWTPやWTAを表明させるかという点が問題となる(誘因両立性)。CVMにおいても誘因両立な形の調査設計が推奨されている。さて、選挙の投票や、実際にお金を支払って物を買うような場合、当人にその行動の帰結がおよぶと考えるのは自然である。一方、アンケート調査であるCVMの場合には、どのように回答しようとも、当人に対する影響はないかもしれない。その場合、得られた回答が適切であるか、経済学的には判定ができない。正しいかもしれないし、意図的なうそかもしれないし、でまかせかもしれない。この点は、経済評価としてのCVMに対する代表的な批判のひとつである。 本研究では、回答者が回答の帰結まで考えて答えるか調べるために、回答者の努力水準に注目した。どう答えても自分に影響のないような調査の場合、回答者は、努力して答えようとはしないであろう。一方、回答結果が当人に影響する場合、調査票をきちんと読んで努力して答えるであろう。そこで、地球温暖化対策の評価に関する同一の調査票を使いつつ、回答結果の政策への活かし方が違う2つの調査をつくり、これに応じて努力の程度が変わるか調べた。1つ目の版では、日本政府が地球温暖化対策のために環境税の導入を検討しており、その税額決定に役立てるための調査とした(税額決定目的)。そして、話の信憑性を高めるために、回答者には、環境省国立環境研究所AIMモデルチーム(温暖化影響評価チーム)と東京工業大学肥田野研究室の共同調査であると説明した。もう1つの版では、単に、将来の教育の参考にするための調査とし、実施主体も肥田野研究室のみとした(教育目的)(注1、注2)。

 CVMに関する既存研究の中には、WTP表明の動機を尋ねたものがいくつかみられる。この手法は便利だが、表明された答えにたよるという点で、ややおぼつかない感もある。これに対して本研究では、回答時間という外部から測定可能な指標を用いてCVM調査への回答の動機の一端を探ることが特徴である。  次に、贈り物と努力の関係である。郵送調査では、ボールペンなどのちょっとした贈り物を同封することで回収率が上がるといわれている。ここでは、このような贈り物の効果により、回答にかける努力が増すか調べる。贈り物としては、第一に謝金、第二に地球温暖化についての情報の提供を考える。今回の実験では、贈り物をする際に、調査者側としては努力してよく考えて答えてくれるのが一番うれしい、と回答者に伝えておく。しかし、実際に努力するかどうかはひとえに回答者にゆだねられている。たとえば、謝金は実験開始時に渡しており、あとは、調査が終われば帰って良い。さっさと調査に回答して帰れば、バイトとしてはとても割がよく、利己的な人はそうするであろう。一方、互恵的な人は、謝金をもらえたことに対し、よく考えることで調査者に対してお返しをしてくれるかもしれない。今回の実験では、謝金額として1300円と2000円の2種類を用意した。また、調査票としては、地球温暖化についての情報提供量が大きな版と小さな版を用意した。これらの結果を比較し、努力水準に違いがあるか調べる。

 実は、上に述べたCVM調査の流れは、贈り物をもらった人がお返しをするかしないか自由に決められるという点で独裁者ゲームというゲームと同じ構造になっている。実験経済学では、独裁者ゲームにおいて利他的な行動や互恵的な行動が存在するかが議論の焦点となっているが、CVMの回答時の努力に対する贈り物の効果も同じ種類の議論といえる。

3.実験

 さて、回答時にかける努力の程度とこれらの条件との関係を探るのであるが、そのためには、努力の指標が必要である。この研究では、調査にかけた時間の長さをその指標とする。時間をかけて答えてくれるということは、その分、娯楽やバイトの時間を犠牲にしているのであり、それだけの努力をしてくれていると考えられる。 2004年12月に、東京工業大学の学生を被験者として、次のような実験を行った。被験者には、社会工学専攻内に用意した実験室にきてもらい、日本政府による地球温暖化防止策について、パソコンを利用したアンケートに答えてもらった。まず、地球温暖化がアジアの国々に与える影響についての説明を読んでもらい、その後、日本政府による対策の評価を求めた。謝金や実験承諾書などの事務書類は、調査の最初に渡してあるので、被験者には、自分で必要と思えるだけの時間をかけて調査に答えてもらい、あとは、実験終了ということで退室してもらった。実験条件の組み合わせは、次の5種類とした。 実験室の様子を次の写真に示す。

次の写真は、パソコンを利用した調査票である。被験者は、マウスとキーボードを使って回答する。調査票は、JavaScriptで作成しており、各ページの閲覧・回答にかかった時間が自動的に計測される。

4.結果

 結果をいくつか紹介したい。なお、被験者の等質性を高めるために、ここでは、留学生をのぞいたサンプルについて分析している。この場合の総被験者数は257人である。まず、次の表は、各実験条件下で被験者が調査にかけた時間の平均値と標準誤差を示す。まず、調査目的の違いにより、所要時間が違うことがうかがわれる。また、微妙ではあるが、謝金額が大きい方が所要時間が長いようだ。また、情報量を大きくした群の所要時間がもっとも長いこともわかる。

実験条件 調査時間(分)
税額決定目的、2000円、情報量小36.73 (7.75)
税額決定目的、1300円、情報量小36.02 (8.76)
教育目的、2000円、情報量小 34.99 (6.64)
教育目的、1300円、情報量小 33.44 (6.29)
税額決定目的、2000円、情報量大41.66 (9.35)
括弧内は標準偏差

 まず、調査目的ごとの所要時間の分布を次のグラフに示す。税額決定目的の場合の方が、全体に所要時間が延びているようにみえるが、統計的にみても有意な差である。このような差が生じることは、被験者が自分の回答の帰結を考えて調査にかける時間を決めるという見方と合致している。したがって、被験者は、CVMの回答にあたって、当人に対する回答内容の帰結を考慮して行動しているといえそうである。

実線が税額目的調査、点線が教育目的調査である

 つづいて、贈り物の効果である。まず、謝金については、謝金額が大きいと調査にかける時間がのびる傾向があるものの、統計的に有意とまではいえない。ただし、謝金額が大きい方が謝金に対する満足度(5段階評価で質問)が高く、また、謝金に対する満足度が高い方が調査に長く時間をかけていること、は統計的にも確認できた。これらをつないで考えると、効果は弱いものの、謝金を大きくすることで回答に対する努力の程度が向上していることがわかる。これは、被験者が、謝金に対して互恵的な行動し、努力をしてくれたと読み取れそうである。次に、温暖化に関する情報提供については、互恵的な行動の存在は否定できないが、積極的な肯定もできないという結果になった。情報量を増すと、調査に費やされる時間は明らかに延びる。これは、情報をもらったお返しに調査に努力して答えてくれたという見方と合致する。しかし、今回の調査では、すべてのページをスクロールして見なければ先に進めなかったので、情報量の大きな調査票では、単にスクロールに余計な時間がかかったとも考えられる。したがって、情報提供によって調査時間が縮むことはなかったという点で、贈り物としての情報の効果は否定はされないが、存在するともいいきれないという結果である。

5.おわりに

 本研究では、上に紹介した以外にもいくつかの点を調べている。まず、この調査は、パネル調査であり、2005年1月にも同様の調査を同じ被験者に実施している。これにより、WTPに関する回答のぶれと努力の程度との関係を調べることができる。また、努力の指標として、調査時間のほかに、回答にもとづく主観的な指標も作っている。これらの指標と実験条件の関係は、顕著に異なっており、興味深い。たとえば、調査目的の違いによる努力水準の差は、主観的な努力指標の場合にはみられない。さらに、Hidano, Kato, Aritomi (2005)で指摘した、調査参加自体が社会的によい行為であり、そこから満足感が得られるという現象についても考慮している。たとえば、調査目的の変更にともない、この社会的なよさについての認知が変化すれば、調査にかける時間もかわるかもしれない。ただし、この実験の場合には、そのような効果は検出されず、調査目的の変更による調査時間の変化は、やはり回答の帰結が変わることによると判断された。

注1:これらの調査目的は、実際には実験の必要から設定したものであり、真の目的ではなかった。この点について、実験終了後に被調査者に説明を行った。また、謝金額についても、被調査者の作業内容等とは関係なく、実験の都合上差額をつけたものであるので、実験終了後に差額の精算を行った。これらの研究計画については、東京工業大学大学院社会理工学研究科疫学研究審査委員会の承認を得た(承認番号DS04-0003R)。

注2:国立環境研究所/東京工業大学大学院社会工学専攻の増井利彦助教授より、同チームの名称使用について快諾いただいた。また、回答者に提示した地球温暖化の影響予測についてもAIMモデルによる最新の予測結果をご提供いただいた。

<参考文献>
Hidano, N., Kato, T., and Aritomi, M. (2005): Benefits of participating in contingent valuation mail surveys and their effects on respondent behavior: A panel analysis. Ecological Economics. Vol.52, No.1, pp.63-80.

(文章作成 加藤尊秋)


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