社会工学とは何か
皆さんは社会工学という言葉を耳にしたことは少ないかもしれません。
あるいは、工学を単純に社会に適用した考え方、科学技術をセキュリティーや安全、安心の向上に利用したもの、あるいは土木や建築を足して2で割ったもの、と捕らえられているかもしれません。
【社会工学】はそのようなものでは全く有りません。
社会工学は社会の問題を人類の知の集大成された哲学を基本として多様な側面から深く考え、最も適切な方法で解決する学問です。したがって哲学なき社会技術とは根本的に異なります。
学問は対象と方法論つまり対象にどんなアプローチを取るかで決まります。そこで対象はなにか?
多くの工学は具体的な物を対象にしています。機械工学であればロボットのような機械、建築学であれば建物です。
それにたいして【社会工学】は社会を対象にしています。従って、人間、コミュニティー、NPO,会社、政府などの組織、そして、自然、土地などの環境も対象になります。
方法論はなにか?
理論は?
多くの工学は力学と電磁気学などが基本となっています。
【社会工学】は自然科学でなく、哲学や経済学、心理学などの人文社会科学を基本としています。特に、人間と社会のもっとも基本的な法則性を厳密に理論化した経済学が基礎となります。
方法は?
人文社会科学は対象を観察します。
また工学は、作ることです。
しかし【社会工学】は観察するだけでなく理系の特徴である実験や社会調査など自分たちで行います。
さらに、社会工学の理論は経済学と心理学を基本とした社会理学ともいうべきもので、より数理的で人間と社会の現象を厳密に議論することが可能になります。
また工学的に現実の対象に切り込みます、つまり実験や調査によって、さらに新しいものを創造することによって、検証していきます。ここで創造されるものの定義は広く、たとえば数理モデル、法律、政策、あるいは風景や絵画などアートなど社会に存在する多くのものを含みます。創造という具体的な社会への働きかけの結果としての成功と失敗から多くのことを
学び、次の段階の理論作りへと循環することを意識的に行います。
現代の問題解決に必要なもの
現代社会は科学技術の急速な進歩により、ある目的のためにはよくても、別の面から見たら、良くないが起こっています。たとえば地球環境を考えてみると、確かに科学技術の発展で私たちの生活は便利になったようですが、気候が変わってしまう、生物の多様性が減少するという問題が現実のものとなりました。また安全安心に係わることで、犯罪などに対応するために監視カメラが至る所でつけられ、また人体にチップを埋め込むことも考えられています。しかしこれは人間の自由や尊厳と科学技術との平和な関係の維持がますます難しくなっていることを示しています。
従って現代においてはもう一回人類共通の知のもとで総合的、全体的に考えることが、必要になってきています。
しかし、これまでの工学、あるいは人文社会科学などあまりに細分化された縦割りの学問では、なかなか解決が難しいのです。
現代は、ルネッサンス期のレオナルドダビンチやドイツのライプニッツのように、思想家、理論家、工学者(実務家)、また芸術家でもあった、総合性、全体性を有する個人とこれまでの狭い分野での専門家との協働を必要としています。
それでは最後に社会工学の三つの視点について述べたいとおもいます。
数理論理による思考をする
現代の人文社会科学は、数理的な論理を活用したゲームの理論、経済学、心理学が基礎になっています。これらを学べば多くの現象に適用できます。
哲学を持つ
物事を先入観なく考えるためには、権威に頼らない基本となる価値をもち、それを常に見直す勇気もあわせて持ちたいものです。
自分を表現する
他者との対話による物事の深化のためには、言葉、数式、数量、図、表、模型、実物の作成、あるいはその組み合わせ、による多様な表現が大切です。
これらをマスターすれば単なる物知りのジェネラリストではなく、総合性、全体性、柔軟性、専門性、実行力のある、社会工学者になれると思います。
さらに深い社会工学の理解のために
もっと深く社会工学を知りたい方はつぎをお読み下さい。
社会工学とはどのようなものであるかを一言でいえば、社会を工学する、つまり社会の様々な問題を工学的に解決する学問といえます。たとえば第2次世界大戦直後1952年に高木純一が「どうすれば社会の夢が実現できるかという工学的態度を基本とした、社会の機構学あるいは計画、設計の学である」として社会工学を提唱しています。しかし、この説明では社会問題の範囲も明確でなければ、工学的な解決ということも具体性に欠けます。
社会工学はsocial engineering あるいはsocial technology という英語に直訳されます。そこで、辞書によってその歴史と用例を調べてみましょう。
社会工学の歴史
たとえば『オックスフォード英語辞典』第二版にThe application of sociological principles to specific social problems; social engineer, a specialist in the field 「社会学的原理の個々の社会問題への適用、社会工学者、この分野の専門家」という表現が採用されています。これでは社会工学の理論を、社会学にだけ求めることになり、あまりに狭義の解釈です。
『オックスフォード英語辞典』によればすでに1900年にトールマンEdward C. Tolman が産業(労働)条件の改善のためにsocial engineering が必要であるとし、1899年には、当時における社会問題に関する講演のコースの一つにsocial engineeringの存在を指摘し、1919年にはフェビアン協会Fabian Society (イギリスの社会主義者団体)がsocial engineeringのための協会をつくろうとする記述があることから、改良社会主義的色彩の中で、social engineeringが位置づけられていたともいえます。一方、1901年にウェッブBeatrice Webbは『アメリカ社会学会誌』のなかでsocial technologyという考え方を示しており、これは社会における健康、富、美、知、社会性、正しさ、欲望などのより適切な量(または割合を求める)を達成することを目的に諸力を合せる技術とされていました。
このような辞書の用例を離れ、著作として社会工学をより明確に議論したのは、1940年代のポパーKarl R. Popperです。ポパーは全体論(ユートピア主義)を「理想社会を実現することが成治の究極目標だと考えたうえで、社会全体を余すことなく一挙に変革することによってそれを実現しようとするもの」と規定し、(一)人間が社会全体を把握し得ない、(二)社会全体の変革は常に変革を必要とし無限後退に陥る、(三)政策のもたらす反響をすべて予測しえないし、予測により社会の行動が変わるため、合理的に調整することは不可能であり、(四)社会全体の改造計画の作成は、科学的実践的知識の不足から不可能、などの理由から全体論を否定し、本来できるのは漸次的社会工学piecemeal social technologyだけであるとしました。安全で最もつつましやかで現実主義的な「避けられる不幸(社会的に)の除去」という原理を掲げ、「緊急で現実的な社会悪ひとつひとつと、いまここで闘うことが賢明である」としています。
また社会工学の研究方法は、ポパーの提唱する科学理論が従わなければならない事実によるテストそのものが可能かといういわゆる反証可能性基準を社会理論にも適用させることによって、連続的で漸進的な改善を可能にすることと考えていました。このようにポパーはsocial engineering という用語から受ける集団主義的計画者の、あるいはテクノクラート信奉者の社会的青写真という連想をなくすために、あえてpiecemealという語をつけ加えているといえるでしょう。ポパーはすでに1919年頃からこの思想を構想し、45年に出版された『開かれた社会とその敵』The Open Society and its Enemies および57年の『歴史主義の貧困』The Poverty of Historicism で、そのことを述べています。ポパーの社会工学はいうまでもなく、ナチズムや社会主義への反発から生まれたもので、そのころの時代状況に大きく依存して形成された社会・政治思想といえるものでしょう。
その後ポパーの発想は予測と計画という概念でまとめあげられ、第二次大戦後の軍事、経済、技術の発展と、それに対して社会・政治の沈滞という状況下で、特に技術革新による社会変化が顕在化したことによって科学技術による社会問題の解決という考えが進行しました。1960年代のランド研究所The Rand Corporationの技術予測と社会変化technological forecasting and social changeへとつながるとされます。確かにこの当時のシステム工学の発展と、それを適用した宇宙計画をはじめとする種々のプロジェクトの成功は、この流れをより強固なものにし、社会工学はアメリカにおいてはきわめて技術的な思想に転化していったと考えられます。 ヘルマーOlaf Helmerの『社会工学の方法』Social technologyや、『経済システムの工学』Engineering economic system、『システム工学の社会問題への適用』Application of system engineering for social problemがまさにそれを代表するシステム工学的動きです。
とはいえ、新しい価値観、多数価値社会、人間の意識といった側面から見ると、すでに1970年代初頭の日本の社会工学が、ある意味で限界に直面していたと林雄二郎は指摘しています。これに対して鈴木光男は、合意形成の必要性から社会工学の基礎としてゲームの理論を提唱するなど、システム工学、あるいはシステム論ではなく社会工学の中心概念にかかわる議論がなされてきました。また、その一つの解の方向として住民の参加ということがうたわれているとも考えられる。しかし、1980年代になっても宍戸駿太郎が提唱する社会工学の分野(社会システム論、社会・経済計画、経営工学、都市・地域計画)を総合する考えは、明確にはならなかったといってよいでしょう。
いずれにしても日本では技術に対する信頼感は相対的に高く、70年代には情報工学、または情報科学という考えに変わりながら技術による社会問題の解決という考え方は支持されてきたといえるし、あるいはそれ以上に無意識かされているといえます。1990年代後半から台頭してきた社会技術という考え方もこの文脈に沿ったもので、カール・ポパーの指摘した、社会全体を見据えた思想面は大きく抜け落ちています。なお、現在、英語のsocial engineering はコンピュータネットワーク上でのハッカーなどの不正な行為をさすことも多く否定的意味合いで捉えられることは英米では少なくなくありません。
http://www.soc.titech.ac.jp/~hidano/j-homepage/contents/topic/topic-soc.html
社会工学の対象
社会工学の対象は社会ではありますが、大学によって差があります。
まず、1966年に世界で最初に成立した東京工業大学の社会工学科の講座名称でみると、
1960年代には、社会工学、開発計画、計画数理、産業計画、地域計画、資源計画、さらに具体的に分野を述べれば、経済統計(地域経済システム)、教育社会、都市計画、ゲーム理論、計画数理、経済計画、科学技術論、造園、システム分析、土地や環境などで対象と手法が入り混じっていたといってよいでしょう。
1980−90年代初頭には、社会工学、都市計画、地域計画、環境・資源計画、交通・経済計画、計画システム、社会システムデザイン、都市システムデザイン、とされ、環境が強調され、一方、産業や科学技術が対象からはずれました。
1996年には、国土都市計画(都市計画、国土システム)、公共システムデザイン(公共制度(経済学)、公共政策、公共空間)、計画理論(計画システム、社会計画、計画支援数理)にまとめられました。
2005年には、国土都市計画(都市計画、国土システム)、公共システムデザイン(公共政策、制度設計、歴史空間、公共空間、地球環境政策)、社会工学基礎(決定理論、応用経済学、社会制度)となりました。
その後に出来た、筑波大学での社会工学は
1970年代の創設当時は、経済、経営、都市、社会システムの4つが対象とされています。
その後、前3者となり、
2005年現在では同じ構造は維持され、経済学、都市、OR,経営システム、公共政策などを網羅しています。
関連する学問としては、総合政策という分野もあり、こちらは、経済学を中心とした社会科学による政策を対象としています。
社会工学の方法論
それでは、社会工学でもちいられる方法論はなんでしょうか。
まず、東京工業大学の社会工学では
1960年代には、システム分析による計量、およびゲームの理論などの基礎論を中心として、経済学、社会学、工学などが並立し、いわばインターディシプリナリーな体系となっていました。
1980年代になると、計量分析だけでなく、デザインが強調され、風景学などが導入されました。一方、ゲームの理論などぬけ、工学的色彩が強まったといえるでしょう。
1996年にはマクロ経済学(マクロ経済動学理論)や応用ミクロ経済学がとりいれられ、また地球環境に対応する、大規模なシミュレーション手法が再度つかわれるようになりました。
2005年には、ゲームの理論、および歴史学がとりいれられ、さらに、人間社会の基本で、社会の規範と対応する、法哲学が初めてくわわりました。
一方筑波大学では
基本的には、設立当初からの経済学、ORなど、定量的分析手法が中心となっているといってよいでしょう。
社会工学の意義と課題
次に我が国での社会工学の実践の結果わかってきた意義と課題を考えたいと思います。
まず、1996年のエンサイクロペディアブリタニカでは
社会工学について次のような記述があります。
(一)現代の問題解決は制度の改変や、物理的な施設建設などの個別的な手段によって達成しえなくなっている。既存の学問が工学も含め、個別的な手段に固執するため、総合的な政策体系、あるいは計画を打出せなくなっている。
(二)学際的分野の研究が強く求められているが、制度的制約からそれが自由になされないところがある。社会工学はその学問の包括性からこの場を提供しているといえよう。
という総合性への傾倒、
(三)社会の複雑化に伴い、その認識のためには数量的把握が不可欠になってきている。
にみられる数量志向、
(四)日本の場合、特に社会科学分野では実際的な問題解決への意欲は必ずしも高いとはいえず、そのために現実と遊離し、適合が困難な理論となることもありうる。社会工学は問題解決学としての側面を強くもち、現実の意思決定にたずさわることも少ない。その意味で等身大的世界をこえたレベルでもリアリティを体現しうる。
社会科学への懐疑、
(五)(四)においてデータ(社会認識の基礎)の入手に対して社会工学は工学的立場から多大な努力を払うため、一般の統計資料以上の分析が可能となる。このことは新しい社会の認識につながる可能性を有しており、工学における計測技術の発展が自然科学のさらなる発展をもたらしている状況に近づくことになる。
(六)問題解決の方法としてオペレーションズリサーチのような工学的手法のみならず、「計画」の概念を社会に対する積極的な働きかけの方法としている。このことは社会工学に一つの実態的意味合いをもたせている。しかし、その一方で計画は問題解決の多様なアプローチの一つにすぎないことも十分留意する必要がある。
といった実践への肯定的態度が見られます。
これらの特色により、社会工学は現代における環境問題、人口問題、都市問題、あるいは日本の土地問題、産業、経済社会の国際化、行・財政にみられる硬直した意思決定、行政機構問題などへの新しい接近となる可能性がある。さらに個別の工学分野でさえも、目標の不透明性(特に分野内で完結する目標を見出せなくなっていること)により、その方向性がはっきりしないなかで、社会工学への潜在的期待は大きなものになっている。....
特に現状を見る限り次のような課題を有していると思われる。
(一)「漸次的」という方法論上の有用性にもかかわらず、逆に理想的な状況を描けず近視眼的な問題解決に終わっていないであろうか。
(二)意思決定とかかわることは、その学問の性質上好ましいことであるが、ともすると現行の政策の無批判なあとづけ敵理論とならないであろうか。
(三)社会の定量的把握を目指していることが多いが、適用に際して、その限界が十分理解されているか。加えて否定量的な方法における検証可能性の検討が十分なされているか。
(四)既存の学問がその長い歴史のなかで培ってきた膨大な蓄積に比較して、社会工学は表面的な現象記述に終わることがあるのではないか。その意味でははたして既存の学問を超えられる新しい知見を得られているかどうかは疑問である。
など批判の目も見られます。
このような課題を解明するためには社会工学に関わる人たちへの情報の公開を前提とし、その情報に基づいた構想をどのようにしてつくりだし、実現していくか、さらに実験の結果から何を学ぶのか、まさに社会工学者の真価が問われているといえよう。そのためには社会工学(特に計画)の歴史に立脚した学問としての位置づけの明確化と、社会工学者それぞれの現場での、着実な社会改良の試みとその経済の真摯な交換が不可欠である。
とされていますが、残念ながらどこまでそれが可能であったか疑問でしょう。同様な論調は肥田野(2000年a)にも見られます、
1)その1つはヴィジョンなき改良を目指すことには限界があるということである。なぜなら環境や社会経済の問題は精神世界とも連動しているからである。精神世界においてはヴィジョン自体が重要な概念であり、ヴィジョンをより具体化したコンセプトの必要性が強調されるようになってきた。したがって社会工学としてのヴィジョンやコンセプトの提示が不可欠となった。
2)さらに市場経済の優位性と、環境や社会経済の問題の解決のためには予測に基づいた政策・計画の適用が困難であることが明白になり、上位下達的な計画の考え方は大きく変わり、むしろ問題解決に関わる情報交換の必要性が大きくなった。
3)加えて個別技術が社会体制として大きな力をもち、それが高度成長期を経て硬直した組織として機能することになり、最近のいきすぎた公共事業のように自己目的化した技術と産業が社会問題となってきた。
4)学問方法論として学際的(インターディシプリナリー)な、すなわち既存体系を機械的に融合させても問題解決の学としては成立しないことが判明した。
とし、社会工学はつぎのような特色をもつ学問として位置付けることができるとしています。
(1) 地域や社会のための問題解決を目指した学問であり、決してある目的的な技術集団のための個別的手段による問題解決ではない。したがって従来の工学がそれぞれの分野と産業を背景として問題解決を図ろうとしているのとはまったく異なり、特定の技術に偏することはない。
(2) 実践的学問であり政策や計画やコンセプトの提示など社会的働きかけを行なう。
(3) そのため、解決手段としては社会制度(しくみ)、政府の財政や民間の資金(お金)の活用ばかりでなく意味の付与、すなわち価値の再発見や新しい価値の提示など精神世界も視野に入れている。いうまでもないことであるが環境保全や何もしない「0」という解もつねに考慮する。
(4) (2)、(3)から異分野にわたる情報が極めて重要な役割を果たし、社会構成メンバーへの透明性を確保(情報公開)したうえでの真摯な議論が不可欠となる。
(5) さらに学問領域は人文・社会科学の個別のディシプリンに限定されず、旧来の学問はもとより最大限尊重するが、必要とあれば従来の学問と連携しつつ新たな領域をつくり出す。その際、解決すべき問題に特有な(人間と社会に関わる)事実を説明する原理の構築を行ない、したがって理論化を重視することになる。これは理論なき実践が、たんなる社会風潮への迎合となることを恐れているためである。
として具体的な社会工学に含まれる研究として、1)経済学を超えた動学理論(小野(1998))は、これまでの新古典経済学では、他の分野からの批判にもかかわらず、貨幣を物やサービスを交換するための道具として捉えてきました。 小野善康はこの考えを否定し 、わたしたちが、お金を持っていればあれも出来るこれも出来るという可能性がある、として貨幣を捉えていることを正視し、まったく新しい理論を構築したのです。また新しいデザイン論である風景学はデザインの目的を風景という地域社会の平安に求めた点で、自己目的化した工学を超えた、としていました。しかしながら肥田野(2000年b)では
(1) 論理的に明確な構造を有する理論なくしては社会工学が現実の社会に流されること。
(2) 長期計画のように意思決定からその実現、さらに社会の変化をふまえてフィードバックがもたらされるまでの時間があまりに長い計画であると、その考え方の妥当性も評価し得ず、学術の成立に貢献しないこと。
と後付け的理論への強い疑念が再度表明され、また計画への懐疑が鮮明に現れ、学問の対象に対しても
「地球温暖化を始めとする地球環境問題、世界化する社会での問題解決が極めて重要とカール・ポパー」また学問としての独立性を強調し「既得権と結びついた学問が競争力を失うことは自明であり、その意味で社会工学はカール・ポパーの指摘するとおりその時点時点での悪と戦うことが必要である。」と述べています。
その一方で社会工学のこれまでの枠にとらわれないアプローチの妥当性も指摘されています。
(1) 現実と常に対峙することにより理論の深化と手法の精緻化がはかられる。
(2) コンセプト、政策、計画の更生、あるいはデザインという社会的行為は学問それ自身とそれを行なっている研究者自らが反省するためには不可欠であった。
(3) 現実のデータを自らが収集することは現実に肉薄する最も有効なアプローチである。
東京工業大学社会工学の新たな展開
その様な動きの中で、東京工業大学の社会工学は2005年に
(i) 理論なき社会工学が現況追随に終わることを恐れ、基礎理論として1996年に採択された理論経済学の役割を再度明確にし、またゲーム理論を復活させました。しかし、経済学では1980年代に、ゲーム理論は既に正当なものとして取り上げられ多いに発展していたことを考えると遅きにししたともいえるでしょう。
また対象も
(ii) 同じく1996年に「21世紀の最大の問題である地球環境問題に対して、我が国の中心的研究機関である国立環境研究所と連携し世界の温暖化及び生物の多様性に関する分野の政策研究を行なうことができるようになった。」されていますが、地球環境問題のとりあげも遅かったといわざるをえないでしょう。ただ対象が自然、生態系を含む方向になったことは社会工学が大きく展開したことを示しています。
さらに
(iii) 地域デザインを統合する理論と技術の研究を歴史学に依拠して発展させる方向が明示化され、
(iv) 21世紀の問題の多くが精神世界の物となることが予測される中で、社会工学の対象の広がりは、「美」、「正義や愛」「権利と自由」など倫理の世界(肥田野、2004)に拡大しているといえるでしょう。
ただ、「(1) 専門家という閉じた世界での非競争的状況下で新しい研究あるいは新しい参入者たちによる研究が評価されない。(2) 問題の複雑化に答えられない。学際的研究が一時もてはやされたが、各分野の最高の知見を飛び越えることはできなかった。これは統合した理論構築を放棄してきたためである。(3) 総合化のために多くの研究者が係わることとなるため、相互の討論が極めて低下してきた。」など学問のグローバル化、IT革命、1995年以降の世界情勢の急変に対して東京工業大学の社会工学が立ち遅れたのは事実です。
たとえばこれにたいして、
「特にインターネットを介して全く新しいコミュニケーションが可能になった現在、自由に議論のできるフラットな組織をいかに作るかが最大のポイントである」
など学問の実践および深化の方法が模索されているといえるでしょう。
しかし社会工学がその真価を発揮するためには、
1)設立以降40年をへて、インターディシプリであるべき社会工学が蛸壺化し、唯我独尊の社会工学の分野にとどまるのではなく、全世界の他の分野の成果を謙虚にとりいれ、さらに共同研究等で既存学問との垣根を低くすること。
2)これまでの日本に存在する利害関係に左右されない何よりも自立した個人に基づく組織の創出と成長が不可欠であるでしょう。
このように課題と意義を見てくると、社会工学がいまだ未熟な学問であることが見て取れます。
まず方法論については特に当初から指摘された、インターディシプリナリーなアプローチの問題点は解決されず、また統一理論の確立への道は容易ではないといってよいでしょう。しかしながら、現実の学問の動きを見ると、2002年にノーベル経済学賞を心理学者のカーネマンが受賞するなど、経済学は認知科学に極めて接近し、また計量経済学手法の経済分野以外の適用が激増し、一方2000年の経済学賞の受賞者であるマクファーデンなどに代表されるように計量心理学で発達した手法を経済学で利用することが一般的になり、種々の人文社会科学の垣根はますます低くなり、異分野の学者との共同研究をしないと新たな発展が期待しにくい状況にあることは間違い有りません。したがって、むしろ社会工学は新たな問題に対してこれまでのしがらみにとらわれることなく、最適な方法論を駆使することによって既存学問のブレークスルーを行うことは不可能ではないと思われます。その意味で、人文社会科学でもっとも精緻な経済学を基本とした上で、認知科学との融合、実験手法の確立に努めるべきでしょう。同様に、歴史学の知見が社会の問題解決に資するのか否かにも目が離せないところです。
一方、社会工学の実践面では、研究された学問的成果が如何に活用されたかにかかわっていますが、少なくとも社会工学出身者ないし所属者の打ち立てた学問の応用について、いくつかの実績は見過ごすこと出来ないでしょう。例えば最新のマクロ経済経済動学による経済政策、地球温暖化の社会影響に関するモデルの予測結果に基づいた国際政治の進展、より小さな分野では、公共事業など公共政策の評価、あるいは国の土地建物資産推計などの基礎統計、風景学にもとづいた設計などです。
いずれにせよ、文、理の枠を超えた社会工学の柔軟性にたいする、21世紀における期待は少なくないと思われます。
さらに詳細な説明はこれまで出版された社会工学に関係するつぎの文献を参考にしてください。
1)高木純一、社会工学、宝文館出版、1952
2)カール・ポパー、『歴史主義の貧困』、中央公論社、1961
3)前田康博、矛盾としての共存――社会工学主義批判、『思想』、1971
4)林 雄二郎、片方善治、『社会工学』、筑摩書房、1971
5)鈴木光男、『計画の倫理』、勁草書房、1975
6)阿部 統ほか、『地域活性化の戦略――社会工学の思想と可能性』、学陽書房、1985
7)宍戸駿太郎編、『社会工学概論』、学陽書房、1987
8)東京工業大学社会工学科・社工会編、社会工学科設立20周年記念誌、1987
9)社会工学、『ブリタニカ国際大百科辞典』、1996、TBSブリタニカ
10)小野善康、『景気と経済政策』、1998、岩波書店
11)肥田野 登『入門社会工学:社会経済システムの予測・評価・デザイン』、2000a、日本評論社
12)肥田野 登、新しい社会工学 −社会改革のための工学−、今田 高俊、橋爪 大三郎編『社会理工学入門 −技術と社会の共生のために−』、2000b、日科技連
13)肥田野 登、 拡張自己概念からみた都市の公共空間――幸福空間をめぐる断想、今田 高俊・金 泰昌編、『都市から考える公共性』、 公共哲学13 、2004、 東京大学出版会
(肥田野 登、2006.1) |